みなさんは占いを信じますか?
かつてアインシュタインは言ったそうです。
神はサイコロを振らない
神様はすべてをお見通しだということです。
そして神様にとっては占いは不要ということになります。
反対に考えると、神ではない人間はサイコロを振る、ということになります。
- 自分の力で未来を正確に言い当てることはできないし、それはあくまでも予想であって不確実だから。
- 実際にサイコロを振る人は少ないでしょうが、自分以外のモノの力を借りようとします。
- よくあるのは信頼できる人に頼ることになります。
- 信頼できる人の言うことを信じます。
例えば日常では
- 天気予報は気象庁や気象予報士
- 健康のことは医師
- 税金は税理士
に頼ります。
ある程度、科学やこれまでの歴史が基礎になって、予測や方法が確立されていれば、こんな専門家にお任せします。
ところが自分が将来結婚するか?なんていうのはなかなか、予想する専門家もいません。
専門家がいないときには占い師に頼ります。
占いと言えば、
当たるも八卦、当たらぬも八卦
という言葉があるように、占いは当たることもあれば当たらないこともあるというのが普通です(もちろんいろんな占いがあるため一概には言えません)。
- 占い師に頼るときには、占い師を信じて自分の将来を託している
- 信頼できる友人や知人に自分のことを相談するのは、その人を信じている
からこそ成り立っています。
悩んだり、困ったりしたときに誰かに頼ってしまうというのは、誰でもあることだと思います。
つまり人間である限りある種の占いを信じてしまうことは仕方ないこと。
ひるがえってわたし自身を考えると、
新聞や雑誌、テレビの占いのコーナーも見ません。
一方で、
新聞や雑誌の星座占いなどを見てしまうと、それが頭の片隅に残ってしまって、本来の自分の方向性が変わってしまうかもしれないから、本来選ぶような選択肢を選ばなかったりしてしまうかもしれないという気持ちもあります。
ということを考えると、「自分は占いを信じない」と言っても、どこかで信じてしまっているところもあるんでしょうね。
- 人間だから仕方ないのかもしれません。
- 人間はサイコロを振っていいのですから。
ただあくまでも当たるも八卦、当たらぬも八卦ということを忘れないようにしていたいと思っています。
占いはエンターテインメントの要素もありますし、他の人やモノに頼ったとしても、最終的には自分が決めることですから。
-
8時間労働は多すぎだと思う
続きを見る
-
人気がない車が好み
続きを見る
-
子供の教育のための引っ越しは必要でしょうか?
続きを見る