「モノ」や「作品」の完成度をあげたかったら徹底的に細かい部分にこだわったほうがいいんじゃないかと思っています。
たとえばわたしが論文を書く時には、徹底的に細部にこだわっています。
- 論文中の文章には、無駄な文章を書かない
- 一文一文理路整然と書く
という理詰めで書くという方法です。
というのは、
- 細かい部分にこだわって作ると論文の完成度が高まるからです。
- 逆に言うと、細かい部分をおろそかにすると、論文としての価値はダダ下がりです。
対照的に、パレートの法則というものがあります。
- 2割の努力や時間で成果の8割を得るというものです。
- と考えると、8割できていれば、残り2割はそれほど重要ではないとも考えられます。
パレートの法則にしたがうと、2割の努力で8割の成果は確かに得られます。
ただ成果の残りの2割は、メインの成果ではないものの、決しておろそかにできません。
というのはこの残り2割の出来次第で、全体としての質が高まるか、反対に全体としての評価が台無しになるかが決まるからです。
世界のどこかの研究者が書いた論文を読んで、
- 改善すべき点
- その雑誌に掲載に値するか
についてコメントする作業です。
確かにわたしが査読した論文はアイディアは良くて、きちんと計画立てて遂行された研究結果を分析して書かれていました。
ところが解析して論文を書く段階で、
- 考察が不十分
- 解析が不適当
- あちこちにミスがみられる
という
全体の8割は成功しているけれども、残り2割に突っ込みどころがたくさんあって残り2割のほうが目立っている論文。
- ミスが原因で、整合性が取れなくなったり研究の解析をはじめからやり直すことになることさえあります。
- そこまで至らなくてもミスがあると完成度が不十分というイメージがついてしまいます。
他の分野でも例えば、
- 芸術作品は細かいところがテキトーだとその芸術作品の価値は下がるでしょう
- 車でもねじが1つ、止め忘れていたら、大事故につながることもあるでしょう。
「神は細部に宿る(Gods is in the details)」と同じ意味で、海外でよくつかわれる言葉に、「悪魔は細部に宿る(The devil is in the details)」という言葉があります。
- 細部にかくれ潜んでいる悪魔にミスに足元をすくわれやすいという意味です。
こんな風に、論文を書いたりモノづくりをするときには、そういった意味では、神は細部に宿るというよりも、悪魔は細部に宿るといったほうがぴったりなのかもしれません。
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