コラム

「いい人」「悪い人」の判断は、客観的ではない。

2022年8月24日

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「あの人はいい人だ」「あの人は悪い人だ」

と考えたり、周囲の人とのおしゃべりで口に出したりすることがあります。

 

いい人悪い人というのは、自分の中では客観的に判断した結果と思いがちですが、実際のところ、その時々の自分と相手との人間関係でコロコロ変わりやすいものです。

 

 

数か月前にわたしの同僚が言いました。

「Aさんはいい人だ」

 

Aさんはグループのリーダーです。

統率力があって、きちんと系統立てて職場を切り盛りしていたからです。

ちょうどその時、同僚は別の組織の場当たり的な行動をとるリーダーのもとで働いて、大変な思いをしており、Aさんを見ていると、うらやましくとても良い印象を持ったようです。

 

そして先日再度同僚が同じAさんについて話をしていました。

「Aさんは悪い人だ。好きじゃない。」

 

同じ人物についての評価はこの2~3か月で180度変化しました。

 

その理由を聞くと、リーダーシップはあるものの、どちらかというと自分の方針を押し通す策士で、あれこれ根回し・裏工作をするからだそうです。

今度はやや強引なところの印象が良くないようです。

 

やしゅ
全く同じ人に対する評価です。

 

 

やしゅ
Aさんは2~3か月で変わってしまったのでしょうか?

 

もちろん変わった可能性はあるかもしれません。

でもむしろ、見方によっていい人に見えたり、悪い人に見えたりしただけだと思います。

 

いい人悪い人というのは、自分自身の頭の中ではまるで客観的に判断しているように思ってしまいがちですが、ほぼほぼ主観的です。

  • 好き、嫌いと同じ意味。
  • 自分にとって都合がいい・自分と同意見と感じたら、その人はいい人になるし、その反対なら悪い人となります。

 

 

大事なことは、忘れてしまいがちですが、人というのは良いと悪いの二者択一ではなく、モザイク状にいろんな側面を持っているということだと思っています。

自分が見て判断しているのは、主観的な考えであって、しかもそれは細い針穴から覗き込んだ、人の一部だけしか見ていないのです。

 

やしゅ
人間だから感情もあるし、判断は主観的であっても全然いいんじゃないでしょうか。

 

わたしたちは、感情的な人間ですから。

ごく一部がとても嫌いな人からは距離を遠ざけるのはごく普通な反応です。

 

ただそんなときであっても、その人のいろんな側面を知っているわけではないということは、肝に銘じなければならないのかもしれません。

場合によっては必要以上に距離を取りすぎないようにしたり、極端に判断したりしない方がいいのかもしれません。

 

そういう意味で言うと、たくさんの出来事を通して、多くの良い面、悪い面、ありとあらゆる側面を、過去から現在にわたって一緒に過ごして感じてきたのが家族です。

家族は、すでにザイク状に「好き」・「嫌い」の部分が入り組んでいて、切っても切り離せない唯一無二の存在なのかもしれません。きっとそうなんだと思います。

 

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